クリスマス、よそよそしい祭り

というか完全なる非キリスト教国である日本と欧米キリスト教国との今日明日の差異は、日本におけるクリスマスがいかに商業主義に捻じ曲げられ、宗教的意味合いを失って日本的慣習の一部と化したかを観察することができる最もわかりやすい事例のひとつであるなぁと思いながら、ちょいとコンビニに入れば世界はクリスマス色なわけだ。所詮、耶蘇教徒の祭典を受け入れる宗教的下地は日本にはなかったのに、社会的状況だけを見ると街に響くジングルベルの音は酷く滑稽に、しかし一際大きく聞こえる。
自分は別段信心深いわけではないが、日本のクリスマスが非宗教的イベントとしてその滑稽さを増せば増すほど、本来の意味のキリスト教徒の宗教的儀式とそれに連なる心を酷く(無意識のうちにではあるが)バカにしているのではないかという不安に駆られる。
日本の、およそ目に見えなくなってしまった宗教意識では、俺の感じる杞憂は大多数の人には理解できないのかもしれないし、もしくは単に俺の勘違いなのかもしれいけれど、本当の意味も意義も理解できない人間たちが「メリークリスマスメリークリスマス」と連呼できるほど、キリスト教徒にとってその言葉は軽いのか、
人間は、
考えるべきだと思うのです。

 
科学は宗教から多くの人を転ばせた、その最も成功した例が日本なのかもしれないけれど、日本人に神がまだ感じられるかどうか、それは他者の、神を信じる心をどれほど認められるかで見ることが出来るのではないか。そう思うのです。

あなたは、神を感じられますか?